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参加クリエイター
クリエイション
CREATION
18組のクリエイターが「祝と礼」をテーマに多彩な作品を展開。
多領域から招聘した、紙の繊細な世界に通ずる才能が、
ハレの瞬間と紙という物質が交わる場所に、それらが宿す新しい価値と可能性を表現します。
朝吹真理子+大黒大悟
荒牧 悠
岡﨑龍之祐
嘉戸 浩
坂下 麦
坂本俊太
澁谷克彦
髙田 唯
竹田美織
寺山紀彦
永井一正
nomena+鎌村和貴
林 規章
原 研哉
平野敬子
山口信博
Paper Parade
Rivotorto Pieces
18組のクリエイターが「祝と礼」をテーマに多彩な作品を展開。多領域から招聘した、紙の繊細な世界に通ずる才能が、ハレの瞬間と紙という物質が交わる場所に、それらが宿す新しい価値と可能性を表現します。
朝吹真理子+大黒大悟
荒牧 悠
岡﨑龍之祐
嘉戸 浩
坂下 麦
坂本俊太
澁谷克彦
髙田 唯
竹田美織
寺山紀彦
永井一正
nomena+鎌村和貴
林 規章
原 研哉
平野敬子
山口信博
Paper Parade
Rivotorto Pieces
TAKEO PAPER SHOW 50 特別企画
竹尾ペーパーショウと私
「TAKEO PAPER SHOW 50」にちなみ、これまでの歩みに関わってきた50名の方々に、
「竹尾ペーパーショウと私」をテーマに、
イベントの魅力や参加時の思い出、印象に残っている出来事、
これからの竹尾ペーパーショウへの期待などをお聞きしました。
さまざまな方々の記憶や言葉を通して、
これまでの竹尾ペーパーショウを振り返りながら、その魅力をお届けします。
いただいたコメントは、竹尾公式SNS(X、Instagram、Facebook)でも一部を発信しています。
「TAKEO PAPER SHOW 50」にちなみ、これまでの歩みに関わってきた50名の方々に、「竹尾ペーパーショウと私」をテーマに、イベントの魅力や参加時の思い出、印象に残っている出来事、これからの竹尾ペーパーショウへの期待などをお聞きしました。
さまざまな方々の記憶や言葉を通して、これまでの竹尾ペーパーショウを振り返りながら、その魅力をお届けします。
いただいたコメントは、竹尾公式SNS(X、Instagram、Facebook)でも一部を発信しています。
グラフィックデザイナー
それは1965年のこと、私は「竹尾ペーパーショウ」(松屋・デザインギャラリー)にはじめて足を運びました。その当時、学生あがりの私にとって、印刷用紙の知識はほとんどゼロに近く、本格的に印刷効果を生かしたブックカバーやパンフレットなどのデザイン用紙に触れたのも新鮮な体験でした。それ以降も続いている御社の「ペーパーショウ」においても、毎回テーマごとに新しい紙の可能性と未来を見せられ深く感動したことを忘れることができません。その中でも、竹尾の特殊紙(ファインペーパー)の多彩な効果に圧倒された記憶は今もって続いています。
私はグラフィックデザインの仕事に欠かすことのできない「紙・色・印刷」の技術的研究と効果が、これからも私たちの社会と文化にとって、どれだけ深いかかわりを持ち得るのか?などを考えています。
私は永年の間、書物を真に生かす造本、装幀、デザインの道を究めたいと願って、微力と努力を重ねて参りましたが、「竹尾ペーパーショウ」の開催が常に大きな刺激となって、私の仕事の里程標の役割を務めてくださったのではないか、などと思っております。
デザイナー
出会いは1988年、38年前のことです。紙製品の見本展示会から脱却して、新しいイベントにしたいという打診が日本デザインセンターにありました。当時、まだ駆け出しのデザイナーでしたが、ミーティングに参加するうち、気づいたらディレクターを任されていました。最初の展示会は1989年、会場は六本木アートフォーラムです。多様な会場での開催を経て、現在は神田スクエアへと場を移していますが、回を重ねるごとに紙とデザインの宇宙の、奥へ奥へと引き込まれてきた気がします。TAKEO PAPER WORLDの時代を経て、2000年以降の「RE DEISGN」「紙とデザイン」「HAPTIC」「FILING」「SUBTLE」「PACKAGING」そして「祝と礼」……。毎回多くのクリエイターの方々ご協力をいただいていることに頭が下がります。僕は紙とペーパーショウに育てられました。いつも、これでやり切ったと思いながらオープニングを迎えますが、今回はどうでしょうか。
出会いは1988年、38年前のことです。紙製品の見本展示会から脱却して、新しいイベントにしたいという打診が日本デザインセンターにありました。当時、まだ駆け出しのデザイナーでしたが、ミーティングに参加するうち、気づいたらディレクターを任されていました。最初の展示会は1989年、会場は六本木アートフォーラムです。多様な会場での開催を経て、現在は神田スクエアへと場を移していますが、回を重ねるごとに紙とデザインの宇宙の、奥へ奥へと引き込まれてきた気がします。TAKEO PAPER WORLDの時代を経て、2000年以降の「RE DEISGN」「紙とデザイン」「HAPTIC」「FILING」「SUBTLE」「PACKAGING」そして「祝と礼」……。毎回多くのクリエイターの方々ご協力をいただいていることに頭が下がります。僕は紙とペーパーショウに育てられました。いつも、これでやり切ったと思いながらオープニングを迎えますが、今回はどうでしょうか。
グラフィックデザイナー
竹尾ペーパーショウには観客としても参加者としても多くのことを教わった。でもここでは別の話を書きたい。竹尾ペーパーショウの最初の記憶は、細長い判型のポスターだ。B1を縦に2分割したサイズで、毎年いろいろなデザイナーが制作していた。中でも忘れ難いのは1982年の佐藤晃一さんのもので、僕は高3だったはずだから、実物ではなくデザイン雑誌に載ったものを見たのだと思う。暗い背景に浮かび上がるように、1から10までの漢数字とアラビア数字が、交互に活字体と筆文字であらわされ、重なっている。それぞれの数字の横には、古い教科書から採ったような小さな絵が、1機の飛行機、2台の自動車、3つのボール、4足の靴……というように添えてあった。このポスターが強い印象を残した理由は、今ならよくわかる気がする。1から10までの数と、そのいくつかの表記法を並べることで、人類が紙の上にさまざまな方法で森羅万象を書き(描き)あらわしてきたことが象徴的に示されている。そして、文明・文化を伝える媒介としての紙の役割を暗示もしている。それが佐藤さん独特の様式美とぴったり噛み合って、何か強い概念を内に持ってそこにある。見る側はただぼーっと眺めて、手応えを受け止めることになる。グラフィックデザインは、書とも絵画とも文章とも違う方法で、一枚の紙の上にひとつの概念を封じ込めることができる。このペーパーショウのポスターは、確かな実例として、僕にそのことを実感させてくれる。
竹尾ペーパーショウには観客としても参加者としても多くのことを教わった。でもここでは別の話を書きたい。
竹尾ペーパーショウの最初の記憶は、細長い判型のポスターだ。B1を縦に2分割したサイズで、毎年いろいろなデザイナーが制作していた。中でも忘れ難いのは1982年の佐藤晃一さんのもので、僕は高3だったはずだから、実物ではなくデザイン雑誌に載ったものを見たのだと思う。暗い背景に浮かび上がるように、1から10までの漢数字とアラビア数字が、交互に活字体と筆文字であらわされ、重なっている。それぞれの数字の横には、古い教科書から採ったような小さな絵が、1機の飛行機、2台の自動車、3つのボール、4足の靴……というように添えてあった。
このポスターが強い印象を残した理由は、今ならよくわかる気がする。1から10までの数と、そのいくつかの表記法を並べることで、人類が紙の上にさまざまな方法で森羅万象を書き(描き)あらわしてきたことが象徴的に示されている。そして、文明・文化を伝える媒介としての紙の役割を暗示もしている。それが佐藤さん独特の様式美とぴったり噛み合って、何か強い概念を内に持ってそこにある。見る側はただぼーっと眺めて、手応えを受け止めることになる。
グラフィックデザインは、書とも絵画とも文章とも違う方法で、一枚の紙の上にひとつの概念を封じ込めることができる。このペーパーショウのポスターは、確かな実例として、僕にそのことを実感させてくれる。
嘉瑞工房代表
40数年前何も知らずに父の会社に入ってしまった私は、印刷のことも紙のことも全く知識がありませんでした。活版印刷という特殊な印刷会社なので、一般の印刷会社とは違い、扱う用紙は主にステーショナリーペーパーやディプロマに使えそうな耳付き用紙など限られています。竹尾ペーパーショウは紙に関する見識を広げる大事な場です。特殊紙を幅広く扱ってらっしゃる竹尾さんは本当に頼りになる存在です。改めて竹尾ペーパーショウ50回の開催おめでとうございます。今回も見本帳では気が付かないデザイナーさんの「展開」を拝見するのを楽しみにしております。
40数年前何も知らずに父の会社に入ってしまった私は、印刷のことも紙のことも全く知識がありませんでした。活版印刷という特殊な印刷会社なので、一般の印刷会社とは違い、扱う用紙は主にステーショナリーペーパーやディプロマに使えそうな耳付き用紙など限られています。竹尾ペーパーショウは紙に関する見識を広げる大事な場です。
特殊紙を幅広く扱ってらっしゃる竹尾さんは本当に頼りになる存在です。改めて竹尾ペーパーショウ50回の開催おめでとうございます。今回も見本帳では気が付かないデザイナーさんの「展開」を拝見するのを楽しみにしております。
デザイナー/TAKT PROJECT 代表
身近な存在だからこそ、知らず知らず多くの既成概念を抱いてしまう。それもまた、紙の宿命のように思います。そんな凝り固まった認識を、さまざまな視点から剥ぎ取ってくれる場が、私にとっての竹尾ペーパーショウです。固定化した見方が、再びするっと動き出す。その衝撃は、私にとってデザインの衝撃でもあり続けています。TAKEO PAPER SHOW 2023「PACKAGING―機能と笑い」に参加できたことは、たいへん光栄な出来事でした。自分でもその衝撃をつくりたいと奮闘しましたが、結局その糸口を開いてくれたのは、自分ではなく「紙」そのものでした。現場で嫌われがちな紙の「反り」に着目した作品。しかし紙が反るのは、紙の自然(じねん)です。紙はそれを隠しておらず、人が隠そうとしている。つまり、可能性は初めから紙の側にあり、衝撃を受けたのは、そのことに気づかされた自分自身でした。竹尾ペーパーショウは、そんな紙との関係を問い、可能性を開き続ける機会だと思います。50年を重ねた今もなお、紙との関係を閉じていない。その未完こそ、竹尾ペーパーショウの凄みなのだと思います。
身近な存在だからこそ、知らず知らず多くの既成概念を抱いてしまう。それもまた、紙の宿命のように思います。
そんな凝り固まった認識を、さまざまな視点から剥ぎ取ってくれる場が、私にとっての竹尾ペーパーショウです。
固定化した見方が、再びするっと動き出す。その衝撃は、私にとってデザインの衝撃でもあり続けています。
TAKEO PAPER SHOW 2023「PACKAGING―機能と笑い」に参加できたことは、たいへん光栄な出来事でした。
自分でもその衝撃をつくりたいと奮闘しましたが、結局その糸口を開いてくれたのは、自分ではなく「紙」そのものでした。
現場で嫌われがちな紙の「反り」に着目した作品。
しかし紙が反るのは、紙の自然(じねん)です。紙はそれを隠しておらず、人が隠そうとしている。
つまり、可能性は初めから紙の側にあり、衝撃を受けたのは、そのことに気づかされた自分自身でした。
竹尾ペーパーショウは、そんな紙との関係を問い、可能性を開き続ける機会だと思います。
50年を重ねた今もなお、紙との関係を閉じていない。その未完こそ、竹尾ペーパーショウの凄みなのだと思います。
テキスタイルデザイナー
私は綺麗なもの、気にかかるものに出会うとき、無意識に触ってしまう。 竹尾ペーパーショウは、私にとってまさに触りまくる衝動を抑えられない場所です。布は常に重力に負けて垂れていきますが、紙は折層、シワを記憶し、空間の中に留まる強さを持っています。藁、植物の繊維をからめ、繋ぎ止めた紙素材は、私にとって重力を超える自由を与えてくれる「もうひとつの布」でした。私が参加したペーパーショウでは、空間を包む皮膚のような紙の展示、触覚をめぐるトークリレーなど、素材と人間の皮膚感覚との対話だったと思います。紙の可能性を示すだけでなく、私たちの五感を研ぎ澄まし、クリエイションの起点であり続けてくれる竹尾ペーパーショウ。この存在に、あらためて深い敬意を抱いています。
私は綺麗なもの、気にかかるものに出会うとき、無意識に触ってしまう。 竹尾ペーパーショウは、私にとってまさに触りまくる衝動を抑えられない場所です。
布は常に重力に負けて垂れていきますが、紙は折層、シワを記憶し、空間の中に留まる強さを持っています。藁、植物の繊維をからめ、繋ぎ止めた紙素材は、私にとって重力を超える自由を与えてくれる「もうひとつの布」でした。
私が参加したペーパーショウでは、空間を包む皮膚のような紙の展示、触覚をめぐるトークリレーなど、素材と人間の皮膚感覚との対話だったと思います。
紙の可能性を示すだけでなく、私たちの五感を研ぎ澄まし、クリエイションの起点であり続けてくれる竹尾ペーパーショウ。この存在に、あらためて深い敬意を抱いています。
グラフィックデザイナー
案内状を受けとった時からたのしみでああ、制作者として参加したかった と思う竹尾ペーパーショウです。
案内状を受けとった時からたのしみで
ああ、制作者として参加したかった と思う
竹尾ペーパーショウです。
グラフィックデザイナー
竹尾ペーパーショウには原研哉さんに誘われて、30年ほど前に何度か参加したことがあります。お題をいただいて紙の作品をつくるわけですが、せっかくなので普段できないことがやりたいわけです。そして難しい注文をつけるのですが、竹尾の担当の方が前向きにそのアイデアを受け取ってくれるのです。「できない」とは言わない。普段の仕事では、何かアイデアを出すと「できない」と言われるのがほとんどでしたが、竹尾さんは言わないのです。どうすればできるかを考えてくれる。だいたい世間では能力がない人がすぐ「できません」と言う。竹尾さんのこの前向きな姿勢が、どれだけ自分を面白がらせてくれたか。今でも感謝しています。
竹尾ペーパーショウには原研哉さんに誘われて、30年ほど前に何度か参加したことがあります。お題をいただいて紙の作品をつくるわけですが、せっかくなので普段できないことがやりたいわけです。そして難しい注文をつけるのですが、竹尾の担当の方が前向きにそのアイデアを受け取ってくれるのです。「できない」とは言わない。普段の仕事では、何かアイデアを出すと「できない」と言われるのがほとんどでしたが、竹尾さんは言わないのです。どうすればできるかを考えてくれる。だいたい世間では能力がない人がすぐ「できません」と言う。竹尾さんのこの前向きな姿勢が、どれだけ自分を面白がらせてくれたか。今でも感謝しています。
アートディレクター/グラフィックデザイナー
普段は同業者と一緒に仕事をすることはほぼないのですが、2007年のペーパーショウでは古平正義さん・水野 学さんと一緒に、翌年には山田英二さんも加わり、さらに多くの人々を巻き込んで、仕事ではなかなか使えないような紙と印刷を駆使し、なんとも贅沢な実験をさせていただきました。その時に作らせていただいたもののいくつかは今でも手元にあって、見るたびに4人であれこれ考えたこと、面白かったこと、モメたことや、失敗などなんでもなかったその頃のことを思い出したりします。第50回開催、おめでとうございます。
普段は同業者と一緒に仕事をすることはほぼないのですが、2007年のペーパーショウでは古平正義さん・水野 学さんと一緒に、翌年には山田英二さんも加わり、さらに多くの人々を巻き込んで、仕事ではなかなか使えないような紙と印刷を駆使し、なんとも贅沢な実験をさせていただきました。その時に作らせていただいたもののいくつかは今でも手元にあって、見るたびに4人であれこれ考えたこと、面白かったこと、モメたことや、失敗などなんでもなかったその頃のことを思い出したりします。
第50回開催、おめでとうございます。
デザイナー
竹尾ペーパーショウのことは、2000年の「RE DESIGN 日常の21世紀」展の書籍で知りました。初めて読んだデザインについての本でした。恩師の佐藤雅彦先生をはじめ、様々な方が参加されていたこの展覧会の本を、大学図書館で何度も繰り返し借りたのを憶えています。たくさんの視点、考察、実装に目を見開かされたこの本が、今思えば、将来デザイナーという仕事に向かうことになる、大きなきっかけでした。23年後、TAKEO PAPER SHOW 2023「PACKAGING―機能と笑い」に参加する機会をいただきました。エンジニアの中路景暁さんとともに、紙でできた機械仕掛けのパッケージを作りました。紙を何十枚も積層して作った歯車が噛み合う感触は、プラスチックや金属のそれとは全く異なっていて、人が手で回す機械にちょうどいいと思える柔らかさでした。積み重ねた紙と紙の間や、紙の繊維のすきまにある空気の存在が指先に伝わってくるからでしょうか。しかもとても美しい。「紙でもできる」を追求していたら、「紙だからできる」ものに出会えました。今、2000年の書籍と2023年の歯車、その両方を目の前にこの文章を書いていますが、改めて私は「紙の積層」が好きなのだなと思いました。情報を積層することで生まれる厚み。薄い紙を積層することで生まれる機能と形。竹尾ペーパーショウの50層の一部に携われたことを光栄に思うと共に、今回何が積み重なるのか、とても楽しみです。
竹尾ペーパーショウのことは、2000年の「RE DESIGN 日常の21世紀」展の書籍で知りました。初めて読んだデザインについての本でした。恩師の佐藤雅彦先生をはじめ、様々な方が参加されていたこの展覧会の本を、大学図書館で何度も繰り返し借りたのを憶えています。たくさんの視点、考察、実装に目を見開かされたこの本が、今思えば、将来デザイナーという仕事に向かうことになる、大きなきっかけでした。
23年後、TAKEO PAPER SHOW 2023「PACKAGING―機能と笑い」に参加する機会をいただきました。エンジニアの中路景暁さんとともに、紙でできた機械仕掛けのパッケージを作りました。紙を何十枚も積層して作った歯車が噛み合う感触は、プラスチックや金属のそれとは全く異なっていて、人が手で回す機械にちょうどいいと思える柔らかさでした。積み重ねた紙と紙の間や、紙の繊維のすきまにある空気の存在が指先に伝わってくるからでしょうか。しかもとても美しい。「紙でもできる」を追求していたら、「紙だからできる」ものに出会えました。
今、2000年の書籍と2023年の歯車、その両方を目の前にこの文章を書いていますが、改めて私は「紙の積層」が好きなのだなと思いました。情報を積層することで生まれる厚み。薄い紙を積層することで生まれる機能と形。竹尾ペーパーショウの50層の一部に携われたことを光栄に思うと共に、今回何が積み重なるのか、とても楽しみです。
minä perhonen デザイナー
竹尾ペーパーショウは様々なクリエイターによって紙の可能性を探るイベントとして長く継続されています。私たちもこれまで三度参加させていただきました。毎回、テーマを元に発表されるそれぞれの素晴らしい作品は、これまでの技術に新しいアプローチを加えたものや、新しい素材、表情、機能の提案といった、紙という素材を内側と外側から創造する試みを常に重ねてきたのだと思います。そしてその取り組みが長きにわたり開催されることによって見えてくるのは、紙を取り巻く環境です。コンピューターの普及により、日常のコミュニケーションや仕事の情報整理は紙を使わなくなりました。環境的な面でも、物質的な無駄を無くすという視点から紙の使用量が減り、そのことから紙の在庫量は抑えられバリエーションも画一化されているというのが現状です。ここからの紙はツールとしてではなく素材としての付加価値によりフォーカスされた素材として位置付けられていくでしょう。工業的で均質的な物ではない、感情に語りかけるような紙の佇まいが、これから益々求められていくのではないでしょうか。これからの竹尾ペーパーショウでは、紙の素材そのものの芸術性や紙独自の特質性、または製造の過程への新しいアプローチなど、新たな視点での紙の創造が生まれてくるような気がしています。
竹尾ペーパーショウは様々なクリエイターによって紙の可能性を探るイベントとして長く継続されています。私たちもこれまで三度参加させていただきました。
毎回、テーマを元に発表されるそれぞれの素晴らしい作品は、これまでの技術に新しいアプローチを加えたものや、新しい素材、表情、機能の提案といった、紙という素材を内側と外側から創造する試みを常に重ねてきたのだと思います。そしてその取り組みが長きにわたり開催されることによって見えてくるのは、紙を取り巻く環境です。コンピューターの普及により、日常のコミュニケーションや仕事の情報整理は紙を使わなくなりました。環境的な面でも、物質的な無駄を無くすという視点から紙の使用量が減り、そのことから紙の在庫量は抑えられバリエーションも画一化されているというのが現状です。ここからの紙はツールとしてではなく素材としての付加価値によりフォーカスされた素材として位置付けられていくでしょう。工業的で均質的な物ではない、感情に語りかけるような紙の佇まいが、これから益々求められていくのではないでしょうか。これからの竹尾ペーパーショウでは、紙の素材そのものの芸術性や紙独自の特質性、または製造の過程への新しいアプローチなど、新たな視点での紙の創造が生まれてくるような気がしています。
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